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あいかわらず武富士を追及できない大マスコミ

さて、十月末に動きがあった。東京地裁が武富士に対する会社更生手続きの開始を決定。これを受けて十月三十一日、日曜の午後という異例の時間帯ながら武富士は記者会見を行い、この件について発表した。東京・八重洲に設けられた記者会見の会場には大手マスコミのほか、三宅氏ほかフリーのジャーナリストたちも出席した。そのひとりである篠原隆史氏は、「過払い金の支払いを渋っての」倒産ではないのかと疑問を呈した。すなわち、計画倒産、あるいはそうしたものを見越しての会社更生法申請なのではないかとの質問を行った。つまり、このまま会社を現状で続けていけば、「二〇〇万人超、二兆円超」(武富士管財人の小畑英一弁護士による)にも及ぶ過払い利息の処理を続けざるをえなくなる。

そこで、いったん会社更生によって過払いを整理し、生き残りを図ろうとしたのではないのかという見方である。つまり、「お客様のため」と言いながら甘い審査で貸し付けを行い、実際には過剰な貸付と強引な取り立てで利用者を苦しめ、。多くの被害者まで出した武富士が、そのツケを清算しようと自らが債務整理をしようとしているというわけである。しかし、その債務整理によって、何万人もの債務者が受け取るはずの過払い金が、武富士の生き残りのために事実上回されることとなる。「はたして、そんな犠牲を払ってまで武富士という組織を存続させるのは、理にかなっているのか」というのが、複数のジャーナリストの意見である。

一方、大マスコミの記者たちはというと、「利用者に対する全件通知はどうか」とか、「経営再建のスポンサー企業はどこか」といった、ありきたりな質問が出る程度だった。「日曜の午後にたまたま出て来ていた、ろくに知識もないような記者が渋々出席していただけではないのか」と実際、この十年の間に、武富士問題について取材してきたのは、三宅氏、山岡氏、北氏、寺澤氏などのフリーのジャーナリストたちばかりであり、武富士を大スポンサーとして頂いていた大手のメディアは、その後塵を拝する程度だったことは否めないであろう。

二〇〇三年の「武富士残酷物語」裁判や、二〇〇四年の山岡氏盗聴事件など、武富士の不正が次々に発覚した当時は、大マスコミもこぞって武富士の記事を報じた。しかし、それ以降は、武富士の報道もぱったりと見かけなくなった。しかし、武富士が行ってきた諸問題は、まだ解明されていないものが少なくない。武井氏の死去により、闇に包まれたままの事件も多い。武富士問題は、まだまだ決着がついていないのが現状なのである。